同じ悩みを抱える人を助けたい

ケガに悩んだ部活時代。同じ悩みを抱える人を助けたいと、接骨院の先生を目指す。

ほし接骨院・院長の星光明です。
私は子供の頃から体を動かすことが大好きで、小学生の頃は水泳とミニバスをしていました。今町中学校に進学してからもバスケットを続けましたが、足首の捻挫などケガが多くなり、初めて接骨院にかかりました。

長岡工業高校では水球部という珍しい部活があり、好きな球技と水泳がいっぺんにできる!とすぐに入部を決めました。

熱心に練習する部で休みがほとんどなかったため、肩など体の痛みに耐えながら3年の夏まで部活に励みました。水球部引退後に進路の選択を迫られ、「将来は何か人の役に立てる仕事がしたい。」と考えたときに思い浮かんだのが、中学時代に通った接骨院の先生でした。
好きなスポーツに熱中する中でケガに悩むことが多かったので、同じように体の痛みに苦しんでいる人をサポートできる仕事がしたいと思いました。

当時はまだ養成学校が少なく、新潟県内には学校がなかったため、隣県の福島医療専門学校を受験しました。部活に明け暮れた高校生活でしたが、将来の目標が定まってからは猛勉強し、無事に入学試験に合格、柔道整復師への道がスタートしました。

専門学校で身体のつくりやケガの治療を学ぶようになると、好きだったスポーツにますます興味を持つようになりました。在学中に柔道とサッカーを始め、柔道は初段をとるほど熱心に取り組みました。

修業時代を経て、地元見附市今町に接骨院を開業。スポーツ障害の治療に力を入れる。

3年間の学校生活の集大成である国家試験前は、毎日12時間以上の勉強をして、卒業と同時に国家資格を取得しました。国家資格取得後は見附市に帰り、中学生時代にお世話になったおおはし接骨院に就職しました。

「接骨院の先生になろう。」と決めるきっかけとなった場所で修行することができ、目標を叶えた喜びを噛みしめる毎日でした。

おおはし接骨院では、技術のみならず患者さんへの接し方や言葉遣い、事務仕事なども教わりました。丸7年間お世話になり、念願だった地元今町で接骨院を開業しました。
国家資格を取った時から、地元で開業したいという強い想いがあったので、無事に開業できたことをとても嬉しく思いました。

開業してからは、地域の皆様に支えられながら、今日も患者さんの治療に当たっています。
一般のケガはもちろんですが、私が長年様々なスポーツをやってきた知識を生かし、スポーツ障害の治療に力を入れています。

特に私がやってきたスポーツであるランニング・サッカー・バスケット・ゴルフでは、ケガをしにくいフォームやスコアアップにつながる技術など、子供から年配の方まで指導にあたっています。
患者さんからは「先生の体験談を交えて教えてくれるので、指導が的確でわかりやすい。」と頼っていただいています。
近くの小中学校の大会前後には、ケガをした生徒さんがよく来院されますが、自分が中学生の頃にはじめて接骨院に行ったときの緊張を今も覚えているので、わかりやすく治療の説明をするなど、「近所の接骨院のお兄ちゃん」として親近感をもってもらえるよう心がけています。